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幸子の思惑とは裏腹に、実家で幸子の足元に敷き詰められていたのは針のむしろだった。しばらくは腫れ物に触るように接してくれていた家族も、日が経つにつれ幸子を追い込む言葉を浴びせるようになった。
「いつまでこだわっているの?」
「もう済んだことでしょ?」
「事故だと思って忘れなさい。」
幸子は伝わらないもどかしさをどう処理していいかわからなかった。違う・・・違う・・・私がわかってほしいのはそんなことじゃない。どうして・・・どうしてたった3万円で忘れろなんて言えるの?! どうして未成年というだけで刑務所に入らなくて済むの?! どうして親なら私と一緒に怒ってくれないの?! 資産を処分してでも賠償金を払えって言ってくれないの? どうして弁護士を雇ってくれないの?!
わかっている・・・わかっている・・・。以前のように明るくて人々の心を癒してくれるピアノを弾く姿に戻ってほしい・・・一日でも早く元の幸子に戻ってほしいという気持ちの表れなんだってわかってはいた。わかっていたけど苦しかった。わかっているけど悲しかった。しかし、どこへも持っていきようのない気持ちに苛立っていた。
「いつまでこうしてるつもり? さっさとアパート引き払ってこっちに帰ってきなさい。」
その言葉で幸子は決心した。東京に帰ろう。ここにいても辛いだけだ・・・。結局、自分のことをわかってくれる人なんて誰もいないんだ。家族でさえも他人事なんだ。「死の恐怖」を味わうということはどんなことなのか体験した者でなければわからないんだ・・・。自分で克服するしかないんだ・・・。幸子は荒れ狂う大海に一人で船出をする決心をして東京に戻った。
戻ってきた幸子を迎えてくれたのは学友達だった。毎晩、入れ替わり立ち代り幸子のアパートに泊まりに来てくれた。朝まで飲み明かし、仲良し3人組は遅刻の常連となった。事情を知る先生も大目に見てくれているようだった。アルバイトにも復帰した。交際していたボーイフレンドも気にかけてくれ、いつも幸子の周りには人がいた。幸子にとって辛い言葉しか言ってくれない家族よりもずっといいと思っていた。
ただ、会う人毎に事件のことを聞かれることに少々嫌気がさしていたのも事実だった。何度も何度も同じことを聞かれ、これじゃ事情聴取と変わらないと思ったが、変に同情されるのも、腫れ物に触るように扱われるのも嫌だった幸子は、お笑いのネタのように事件のことを披露してみせた。何度も話す内に「被害者になる」ってことがどんなに大変なことかわかってほしいと思うようになった。また、被害から立ち直った凄い人に思われたいという気持ちも芽生えてきた。話した後の辛さも首の傷のように、いずれ消えてなくなり、笑って話して、もう過去のことと言える日がもうすぐ来るんだと、その時はまだ信じていた幸子であった。
しかし、そんな幸子の期待を裏切るように恐怖は毎晩幸子を襲った。友人が泊まりに来てくれている日は何ともなかったのだが、時折訪れる孤独な夜はまだまだ恐怖が終わらないことを幸子に刻み付けるのだった。
あの悪魔の日以来、幸子は暗闇と静けさの中で一人眠ることはできなかった。部屋の明かりをつけ、レコードをかけてエンドレスにして布団にはいってみたが針が戻る一瞬の静けさを感じたとたん動悸がしてきた。テレビやラジオも深夜になって言葉が途切れ信号音に変わったとたん気が狂いそうなくらい恐怖を感じた。ようやくうとうとしてきてもちょっとした物音や足音に飛び起きた。
いつまでこんな生活が続くのだろう・・・こんなことで学校や仕事が続けられるのだろうか・・・・友人がいてくれる日のにぎやかさが楽しければ楽しいほど、一人の時の恐怖は大きかったし、将来の不安もつのった。特に幸子が嫌いだったのは日曜日と冬休みだ。学校も休みだし、アルバイトも休みだったし、何よりもみな実家に帰ってしまう冬休みが嫌いだった。一人の淋しさに耐えられなかった幸子の過ちで結局、ボーイフレンドとも別れてしまった。そう、日が経つにつれ失ったものの大きさを見せつけられたのである。
幸子が入り込んだ暗闇のトンネルの出口はいつになったら見えてくるのだろうか。それでも生きていかなければならないのだろうか。絶望の淵で幸子は精神安定剤を手放せなくなっていた。
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