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築20年の古びた6畳1間のアパートで、幸子は久しぶりに母の手料理を味わった。
翌日は朝からまた事情聴取で幸子は警察署の殺風景な部屋にいた。
アパートのドアが開いた瞬間から幸子を俯瞰で見ているもう一人の幸子がいた。
ここもテレビと同じだな・・・飾り気のないスチールの机とパイプ椅子・・・全ての指の指紋採取といい、これじゃ容疑者と同じ扱いだな・・・。
それにしても、どうして入れ替わり立ち代り同じことを聞かれるのだ。もうセリフのように覚えてしまったようだ。
「それにしても、よく声が出せましたね。普通は恐怖で声が出せないものなんですよ。」
「はぁ・・・元不良ですから・・・ケンカ慣れしていたせいかも・・・。」
「だとしても、普通、5分以上息ができないと意識はなくなるもんですけどねぇ・・・。」
疑うような言い方にむっとしながらも幸子は答えた。
「中学生の頃、ブラスバンドで管楽器をやっていましたし、ピアノをやっていますから呼吸法ができます。自分でも不思議なくらい冷静だったんです。無駄な空気を吐いちゃいけないって・・・。カンニングブレスもできますから、短い時間で鼻と口から一気に息を吸い込むんです。一瞬、手が離れた時にカンニングブレスしたんです。条件反射かもしれません・・・。」
「ふうん・・・。」
どうしても痴情のもつれにしたいようだった。しかし、幸子には見に覚えはないし、犯人らしき人物に心当たりはなかった。ただ、つんとしたシンナーの臭いが気になった。
もしかしたら・・・・友人が教え子にシンナーが止められない子がいると言っていたのを思い出していた。もし、そうだとしたら友人の教え子を売ることになる。確認してからのほうが良かったのだろうか。いや、シンナーは自力で止められるほど甘いものではない。きついお灸をすえてもらったほうが彼のためにはいいのだ。幸子は葛藤したが、いずれにしてもまだ犯人は捕まっていないのだ。もしかしたら全く違う人物かもしれないとも思い、そのまま警察の手に委ねることにした。
事件から3日後、犯人逮捕の連絡があった。母に付添ってもらい警察署に急いだ。通された部屋のまさに隣の部屋で犯人の取調べが行われているようで、怒鳴り声が響いていた。
「自白しましたよ。」
幸子の事件の後、すぐ近くで殺人事件があったのだが、犯人はその容疑者として事情聴取されていたのだ。
「お前がやったんだろう。」
「僕は・・・僕は人殺しなんてしていません! 僕がやった人は生きています。」
彼は未成年だったため、検察庁には送られず家庭裁判所に送られることになった。
「釈放されてしまうんですか。」
「いや、ひとまず少年鑑別所に行くから、お礼参りとかは心配しなくていいよ。それと、もう実家に帰ってもいいよ。」
「いえ、帰りませんから。」
「そう・・・普通、女の子はこういうことがあると実家に帰ってしまうことがおおいんだけどなぁ。あとで親御さんが荷物だけ引き取りに来るってパターンが普通なんだけどなぁ。」
「普通じゃなくてすみません。こんなことで田舎に引っ込むなら、死んだほうがましです。」
「随分、気が強いんだねぇ。」
「どうやら、私の心臓には毛が生えているみたいですから。」
犯人が逮捕されたのを聞いて幸子は母に帰るよう促した。
上野・・・上野・・・
楽しい旅に胸躍らせる人々の中で、決して楽しい旅ではない親子の耳に駅のアナウンスはなんだか機械的に響いていた。
「しばらく、泊まるつもりでいたんだけど・・・。」
「いいから、遅いお昼になっちゃったけど、お弁当食べて。」
気丈なところをアピールするかのように駅弁を母の手に持たせ、追い返すように、犯人逮捕の翌日、昼下がりの列車に母を乗せた。
そして、田舎では床の支度をする頃、ようやく家にたどり着いた母は幸子に無事、家に着いたことを知らせようと電話をかけた。
「幸子無事ついたから。幸子・・・幸子・・・。」
「うん・・・。」
大丈夫だと思っていたのに・・・こんなことぐらいと思っていたのに・・・なぜか涙が溢れてきた。
「幸子、大野さんに電話して迎えに行ってもらうから今晩は泊めてもらいなさい。」
母から受話器を取り上げた義雄が言った。泣いてしまう自分が悔しかった。いろんな人に迷惑をかけてしまう自分が情けなかった。それでも、やはり夜になると怖かった。いても立ってもいられないくらい怖かった。
11時を過ぎた頃、大野は車で幸子を迎えに来てくれた。夫婦二人だけの大野の家に泊めてもらうのは気がひけたが、それでも一人でいたくはなかった。
翌日、奥さんのおしゃれな朝食を食べて三人はそれぞれの行き先の電車に乗り込んだ。それはまさに幸子にとっては地獄行きの電車になることをまだ誰も想像していなかった。
そして、一旦アパートに戻った幸子は部屋で荷物をまとめていた。
第3話に続く・・・・・
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