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はじめに・・・
これは一人の女性が犯罪被害に遭ったあと、自分の人生を取り戻すまでのモノガタリです。
第1話
偶然が不幸を呼び、偶然が奇跡を呼んだ
「その日は・・・具合が悪くて学校を休んでいました・・・。」
幸子は記憶をなぞるように語り始めた。
ガチャ・・・玄関のドアが開くと同時に幸子は飛び起きたが・・・一瞬の出来事だった。
「殺されたくなかったら黙ってろ!!」
大きな男はそう言うと幸子を押さえつけ馬乗りになった。小柄な幸子の両肩は足で押さえつけられ、大きな手は幸子の鼻と口を塞いでいた。
「・・・・・。」
息を吸うことも吐くこともできなかった。
「(殺される・・・・!!)」
もうこれでおしまいだ・・・20年間の短い命・・・何一つ楽しいことがないまま自分は殺されて死ぬのだ・・・そう思った瞬間、幸子の抵抗が始まった。
やっと大嫌いな田舎暮らしから解放されて東京に上京して、専門学校生としての青春を謳歌していたのに・・・呼吸ができない間、20年間の思い出が走馬灯のように駆け巡った。そうだ、ここで死ぬわけにはいかない。幸子は必死の抵抗を始めた。なんとか男の手を振り払おうと身体をよじった。
「(受話器・・・受話器さえ外すことができれば警察が逆探知で助けに来てくれる)」
だが、男の手はそうたやすく離れてはくれなかった。手を伸ばすと押さえつけられ、肩を上げれば押し倒された。そして、どのくらい揉みあったのだろうか・・・一瞬、男の手が離れた。
「誰か!! 助けて!!」
幸子の声が深夜のアパートに響いた。
「幸っちゃん!どうしたの?!」
同年代ということもあり、アパートに入居してからというもの、友人として日頃から付き合いのあった隣人が飛び出してきた。驚いた男はそのまま逃走した。
「幸っちゃん・・・大丈夫・・・?」
「うん・・・それより電話しなきゃ・・・警察、警察に通報しなきゃ!」
幸子にとっては初めて回す番号、110番を震える手でダイヤルした。
5分ぐらいして続々と警察車両が古びたアパートに駆けつけた。テレビドラマのような光景だった。足跡や指紋採取をする鑑識官、私服刑事の指示の下に立ち入り禁止のロープを張る制服警察官・・・不思議なくらい冷静にその光景を幸子は見つめていた。その時はまだ、その冷静さが後に爆発する地雷であることも知らずに、自分は腹が据わっているのだと根拠のない自信を持っていた幸子であった。
やがて白々と夜が明け秋風の冷たさが現実を突きつけた。
「じゃあ、これから署のほうで詳しい話を・・・。」
刑事が言葉に詰まった。それに気づいた鑑識官が振り返る。
「あ・・・・。」
「・・・・・・。」
「病院に行こう! 救急車!!」
「あの・・・大丈夫です・・・。」
「でも・・・。」
「本当になんともありませんから。」
「じゃあ、すぐそこのT総合病院があるから一応、診察してもらって。診断書もいるし・・。」
「はぁ・・・わかりました。」
警察官に付添われ1分ともかからない近所の総合病院で幸子は治療を受けた。
「ヘヘ・・・なんかドラマみたいだなぁ・・・新聞によりますと・・・なんてな・・はっはっ・・・。」
消毒がちょっとしみた。素手で首を絞められたから、おそらく擦過傷かなんかだろうと幸子は気軽に考えていた。病院を出た後、実家に連絡をし、そのまま警察署に向かった。
事情聴取では捜査官が入れ替わり立ち代り来て、その都度同じ話をさせられた。同じ話を何度も繰り返すうちに自分は被害者なのだ・・・犯罪被害者なのだ・・・と宣告されたような気持ちになった。警察は交際相手とのトラブルを疑っているようで、彼の部屋にも在宅確認にいったらしい。
「(彼はそんなことをする人じゃない・・・・)」
「じゃ、これに拇印を押して。」
「被害者もこれですか。」
幸子は指を左右に傾ける仕草をしてみせた。
「そう、それで。」
幸子は朱肉に指を押し付けると調書に拇印を押した。それもただ押すだけではなく、指の側面の拇印を押すために指を両側をも押し付ける。それも左右10本の指全てだ。
やがて日が昇り街は活動を始めた。
「あの・・・午後には母と兄が来てくれるので、一度帰りたいのですが。」
「じゃあ、続きは明日にしましょう。まだ、犯人が捕まっていませんから東京を離れないでくださいね。」
これじゃ軟禁状態だなと思った。昨夜から何も食べていなかったが食欲はなかった。気がつけば待ち合わせ時間が迫っている。事件の知らせを受けた母と兄が朝一番で東京に向かっているのだ。突然、仕事を休むのは大変なことぐらい幸子にもわかっていた。それでも母と兄は駆けつけてくれるというのだ。会ってなんて言おうか、どんな顔をすればよいのか、待ち合わせ場所に向かう電車の中で考えていた。しかし、駅について待ち合わせ場所に向かう幸子の足は無意識のうちに早足、そして駆け足になっていた。と同時に、もうすぐ母や兄に会えると思うと涙が出そうになった。
どうして? さっきまであんなに冷静だったのに・・・。
ついに雑踏の中で母と兄を見つけ駆け寄る。こらえ切れなかった。人ごみの中で母と兄に寄りかかり号泣していた。泣き崩れそうな幸子の脇を支え、三人は近くの喫茶店に入った。
なぜ、幸子は被害者になってしまったのだろうか・・・。
なぜ、幸子の命は助かったのだろうか・・・。
第2話に続く・・・
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